睡眠は思い通りにならない ~ではどうするか~

それなりの年数、私は睡眠専門医としてたくさんの人の睡眠と関わってきました。並行して、病気と言うほどではないもののうっすらと慢性的に問題がある自分の睡眠と向き合い続けてもいます。その経験からしみじみと感じるのは、「睡眠を人の思い通りに操ろうなど無理だ」ということです。

え、じゃあ、睡眠医学に意味なんてないということ? と思ったそこのあなた、大丈夫です、ちゃんと睡眠医学は人の睡眠を改善させることができます。ただ、100%理想通りにというのは難しいかもしれませんそのあたりについての個人的な見解を、この記事では述べていきます。

このブログを書いた人

木花(もっか)

  • 日本睡眠学会総合専門医 / 博士(医学)で研究者
  • 仕事では不眠から過眠まで睡眠障害全般を診てきています
  • 若い頃は睡眠不足で居眠り、最近は不眠に悩まされがちです

より詳しくはこちら

睡眠が思い通りになればいい

このあたりの願望は、よくあるものなんじゃないでしょうか。

元気な人
元気な人

毎日4時間睡眠で仕事や趣味をしたい

若者
若者

夜更かしもしたいけど朝は早くにスッキリ起きたい

仕事人
仕事人

パフォーマンス最大化のためベストの睡眠を追求したい

願うのはもちろん自由です。中には、うまいこと思い通りの睡眠を得られているラッキーな人もいることでしょう。

しかし、「願ってそのための努力をすれば思い通りの睡眠が手に入る」とは限りません。なぜでしょうか。

ひとりひとり違う「睡眠のかたち」

まず言えるのは、それぞれの人がどのような睡眠を経験しているかは、ひとりひとり全く違うということです。これをこの記事では「睡眠のかたち」と呼ぶことにします。

「睡眠のかたち」がなぜみんな違うかというと、睡眠を構成する要素の組み合わせパターンがとにかく多いからです

ではその睡眠を構成する要素とはどんなものか。試しに思いつくものをリストアップしましたが、いま自分が何も見ずテキトーに書いただけでも、以下のようになりました(当然、もっと考えればまだあるはずです)。

(長いリストなので、「たくさんあるんだなー」くらいの気持ちで眺めていただければOKです)

  • いつ眠くなるか
  • いつ眠るか
  • すぐ眠れるか
  • いつ起きるか
  • 夜中に目が覚めるか
  • 目が覚めたあとでまたすぐ眠れるか
  • 夜中にトイレに行くか
  • 寝言や眠りながら歩く、食べるなどあるか
  • そもそも夜中に眠っているのか
  • 朝はすっきり起きられるか
  • 自力で起きられるか
  • 起こされればすぐ起きられるのか
  • 日中に眠気を感じるか
  • 日中に居眠りをするか
  • 昼寝はするか
  • 昼寝をしようと思えば眠れるのか
  • 昼間に何時間も眠ることもあるのか
  • 寝落ち(夜にまだ寝るつもりはなかったのに寝る準備が終わらないまま長時間眠りこむこと)はするか

なお、項目同士の関連は意外と乏しかったりします
例えば、夜に早くから眠くなるからといってすぐに眠れるとは限らない。
日中によく居眠りする人でも、夜中はよく目覚めていたりする。

すなわち、ひとりひとりの「睡眠のかたち」は、最低限このリスト全部を掛け合わせたくらいの組合わせ数はあると言って過言ではありません。

特に大きく「睡眠のかたち」を左右するのは以下のような要因です。

生まれ持った特性

睡眠時間が長いか短いかは、かなりの部分が遺伝で決まっています。

遺伝の影響を調べるためには、双生児研究がよく行われます。双生児研究とは、一卵性双生児(遺伝子がほぼ同じ)と二卵性双生児(遺伝子が半分ほど共通)で性質の似方を比べることで、その性質にどれくらい遺伝の影響があるかを調べる研究です。
睡眠時間を扱った双生児研究の論文を23本集めて統合解析した、メタアナリシスという信頼性が高いタイプの研究では、睡眠時間の個人差の46%は遺伝の影響として説明できるということでした。Kocevska et al. Sleep Medicine Reviews, 2021.

早起きが得意な朝型か、夜に元気な夜型かも、これまた半分は遺伝で決まると言われています。

詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください:

なんで私が夜型に? ~遺伝と環境の相互作用~

年齢

睡眠時間の長さや睡眠の質、さらには朝型夜型の度合いは、年齢によって変わってきます。

詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください:

昔の自分と同じ睡眠がとれない? それは自然な変化かもしれません 

環境

睡眠に影響する環境要因では、こういうものが特に強いです:

  • 朝練のある高校生がそのために早起きをする。
  • 夜勤のある大人が、夜勤明けの昼間に眠る。
  • 通勤や通学時間が長いために、睡眠時間が短くなる

他にも色々ありますね。

  • ひとりで寝ているか、それとも家族の誰かと一緒に寝ているか
  • 寝ている部屋が眩しかったりうるさかったり、暑すぎたり…とにかく、寝る上で不適当な環境ではないか
  • 寝る直前にスマホやタブレット、ゲーム機など光る画面を見ていないか
  • カフェインを摂り過ぎたり、もしくは遅い時間に摂っていたりしないか
  • 寝る直前にお酒を飲んでいないか

…真面目に考えると、これまた非常に長いリストになってきそうだったので、このくらいで止めておきます。

ひとつ言えるのは、これら全部の項目を睡眠に合わせて最適化するのは、特に家族と暮らしていたりすると、非常に大変だということです。

病気

睡眠時無呼吸症候群、不眠症、過眠症、レストレスレッグス症候群、睡眠・覚醒リズム障害…。
どれもこれも、「睡眠のかたち」を大きく変えるものです。

上のようないわゆる睡眠障害以外にも、睡眠に影響を及ぼす病気はたくさんあります
特に夜中に呼吸がしづらい、痛い、痒い、といった症状が出るものです。
薬の副作用で目が覚めやすくなるというパターンもあります。

無数の要素の掛け合わせで、その人だけの「睡眠のかたち」が決まる

ここまで書いて来たような、生まれ持った特性や年齢、環境、病気とさまざまな要因が、他の人とは違う自分だけの「睡眠のかたち」を決めるのです。

かめさん
かめさん

まあでも、自分でどうにかできる部分だってそれなりにあるじゃない

ひつじさん
ひつじさん

そうは言っても、睡眠時間も朝型・夜型も約半分は遺伝で決まるわけだからねー、限界がある。自分でどうにかできる部分にしたって、睡眠に最適化させる努力をずっと続けるのはけっこう大変だったりする。

かめさん
かめさん

…もしかして、自分の睡眠に合わせた生活をする方が楽だったりする?

ひつじさん
ひつじさん

体調という意味ではね

 なぜ睡眠は思い通りにならないのか

ここまでの話をまとめると以下のようになります。

  • 睡眠を構成する要素がとても多いので、睡眠のかたちは人によってかなり異なる
  • 睡眠に影響する要因も非常に多い上に、個人の努力でどうにもならない部分が大きい
  • 睡眠に「こうあってほしい」という希望も、人によって違う

それゆえに、希望に合わせて睡眠をカスタマイズしようにも以下の問題が生じがちです。

  • 睡眠のかたちも、睡眠に対する希望も多様多彩であるため、理想の睡眠に近づくための根拠のあるマニュアルが乏しい→多くのケースで、カスタマイズするしかない
  • しかし一般の人は、睡眠についての知識と経験、ツールが足りないので自力でのカスタマイズは困難
  • 睡眠専門家に依頼したとして、専門家であってもよほど時間と手間をかけない限り、目の前の相手の睡眠に影響しそうな要素全てを把握し調整させることは無理+努力では変えられない部分も大きい
  • 睡眠専門家が自分自身の睡眠を改善させようという場合すら、睡眠のために全ての行動と環境を最適化することはかなり無理がある上に、努力では変えられない部分も大きい

結果として、「こうありたい睡眠のかたち」と「実際の睡眠のかたち」は、多くの人でずれがちです。

こんなイメージですね:

睡眠のかたちについての、希望と実際のずれ

そんなわけで、「睡眠を人の思い通りに操ろうなど無理だ」と私は考えるようになりました。

覚醒している本人の意思とは違うところに睡眠のシステムがあり、その癖を知りうまくなだめて一緒にやっていくしかない…と、いう感覚です。

ひつじさん
ひつじさん

睡眠は、覚醒生活をうまく送るための下僕ではなく、覚醒と同格のパートナー、 なのかもね

もちろん、100%満足のいく素晴らしい睡眠ライフを送っている方も、広い世の中にはいらっしゃることでしょう。それは素因と環境と希望と努力の噛み合ったけっこう幸運な事例なのではないかなーと思っております。

睡眠医学にできること

では、希望通りに睡眠をカスタマイズすることができない睡眠医学など、無力なのでしょうか? もちろんそういうわけではありません。

ここまで述べてきたのは、あくまで「人の睡眠を希望に100%合わせることは正直難しいんですよね」という話であり、「多少のズレはあっても、どうにかやっていけるくらいには理想と近い」状態に持っていくための知見なら色々提供できたりします

つまりこの図の程度↓には持っていくお手伝いなら、睡眠医学的アドバイスによってできる…かもしれません。

理想の睡眠と実際の睡眠がある程度重なっている図

なお、睡眠「医学」である以上、我々睡眠専門医が本領を発揮できるのは、睡眠の病気がある方を前にした場合です。
睡眠時無呼吸症候群にCPAPを使う、睡眠に関連した症状を薬や認知行動療法で和らげる。そのような対処は、医療の枠組み内でしかできないことです。これらの手段を用いて、理想の睡眠から大幅にずれてしまった人を「許容できる程度にずれている」睡眠に持っていくことを、睡眠医療の現場では目指している…と、私は解釈しています(個人的な意見です)。

自分の睡眠とうまく付き合っていこう

まとめとして、睡眠は、100%は思い通りにはなかなかなりません。100%満足のいく状態を追求すると、あなたかあなたの睡眠、どちらかが実のところ無理をしているということになりがちです。

夜更かしをし過ぎたりカフェインやアルコールを摂り過ぎたりと睡眠を粗末にすることもよくありませんが100%目標の睡眠を達成しようと頑張り過ぎても逆に昼間の生活に無理がきたり、最悪不眠を招いてしまう可能性があります。

睡眠に対してネグレクトにも過干渉にもならず適度な距離を保ち、完璧を望まず、うまくいっしょにやっていこうとすることが、結局満足のいく生活への近道となるのではないかと、私は考えています。