睡眠医学は何するものぞ

私は睡眠医学の専門家です。でも考えてみれば、この言葉について正確に知っている方って少ないですよね?

ふつうの人
ふつうの人

眠れない人を診るんですか?

ドクター
ドクター

SAS患者さんにひたすらCPAPを処方している分野なのでは?

はい、どちらも間違いではございません。しかし、それだけでもないんですよ。睡眠医学、あるいは睡眠医療は、もっと広大な範囲を扱う分野です。

この記事では、睡眠医学がどのような分野であるか、そして個人的にどのような魅力とやりがいを睡眠医学に対して感じているかについて書かせていただきます。

この記事を書いた人

木花(もっか)

  • 日本睡眠学会総合専門医
  • 大学生の時に睡眠医学という分野に出会い、以来20年以上、仕事としては15年以上、この分野と関わり続けています。
  • 睡眠専門医療機関へ紹介されてくる患者さんにひたすら診断をつける生活を10年以上送っていました。

より詳しくはこちら

まずは、睡眠障害について

よくある誤解

こんな紹介状を何度見たことでしょう。

診断名:睡眠障害

症状経過:Xか月前から不眠症状が出現。貴院にての精査を希望されています。

どんな種類の不眠なのか、もう少し詳しく書くことはあるんじゃないかな…というのは置いといて、ここで言いたいのは、「睡眠障害=不眠」という認識を持っている人って、ひょっとして多くない? ということです。

かめさん
かめさん

不眠を呈する病気は睡眠障害に含まれるんだから、その紹介状も間違いではないですよ?

木花
木花

だって「睡眠障害」が含む概念はもっとずっと広いんですよー 

「睡眠障害」という用語が扱うもの

まあ、sleep disorders の訳語である「睡眠障害」が、 「睡眠の病気」だけでなくて「睡眠そのものが悪くなっている状態(英語でいうsleep disruption)」の意味も含んじゃうがために誤解されやすくなっているというのはあります。それゆえにsleep disordersの訳語として「睡眠関連疾患」という用語を使っている先生方もいます。ただ、日本睡眠学会では未だ「睡眠障害」を正式な用語としているので、この記事およびこのブログでは「睡眠障害」というタームを採用しているんですねー。

で!

睡眠障害 (sleep disorders) の定義とは何なのか。実のところ明確ではありません。今回の記事を書くにあたってほうぼうの学会ページや教科書など見てみましたが、少なくともそういう硬いところは定義をつくっていない。

でもまあ、界隈に通底しているふんわりとしたコンセンサスとして、睡眠に関連した症状を示す病気全般であると思っておけば間違いないような気はいたします。

ひとつの硬い手がかりとして、睡眠障害国際分類第3版改訂版 (International Classification of Sleep Disorders – Third Edition, Text Revision; ICSD-3-TR) [1] を見てみましょう。

これは、睡眠医学の専門家の間ではスタンダードとして使われている診断基準です。今後日本でも適用予定のICD-11 (死亡及び疾病統計のための国際疾病分類第11回改訂版)における「睡眠・覚醒障害群」の分類体系も、睡眠障害国際分類と「非常に密接に」対応しているそうです [1]。つまりは、ここで扱っている病気がおおよそ「睡眠障害」の全体像と捉えて、まず間違いないだろうと考えます。

そしてこれが、ICSD-3-TRの目次です。
長いので、全部読もうとしなくて大丈夫。このボリューム感だけ感じとってください

  1. 不眠障害群
      1. 慢性不眠障害
      2. 短期不眠障害
      3. その他の不眠障害
    • 孤発症状と正常範囲の異型
      1. 臥床時間過剰
      2. 短時間睡眠者
  2. 睡眠関連呼吸障害群
    • A. 閉塞性睡眠時無呼吸障害群
      1. 閉塞性睡眠時無呼吸,成人
      2. 閉塞性睡眠時無呼吸,小児
    • B. 中枢性睡眠時無呼吸障害群
      1. チェーンストークス呼吸を伴う中枢性睡眠時無呼吸
      2. チェーンストークス呼吸を伴わない身体疾患による中枢性睡眠時無呼吸
      3. 高地周期性呼吸による中枢性睡眠時無呼吸
      4. 薬物または物質による中枢性睡眠時無呼吸
      5. 原発性中枢性睡眠時無呼吸
      6. 乳児期の原発性中枢性睡眠時無呼吸
      7. 未熟性に伴う原発性中枢性睡眠時無呼吸
      8. 治療時出現中枢性睡眠時無呼吸
    • C. 睡眠関連低換気障害群
      1. 肥満低換気症候群
      2. 先天性中枢性肺胞低換気症候群
      3. 視床下部機能異常を伴う遅発性中枢性低換気
      4. 特発性中枢性肺胞低換気
      5. 薬物または物質による睡眠関連低換気
      6. 身体疾患による睡眠関連低換気
    • D. 睡眠関連低酸素血障害
      • 睡眠関連低酸素血症
    • 孤発症状と正常範囲の異型
      • いびき
      • カタスレニア
  3. 中枢性過眠症群
      1. ナルコレプシータイプ1
      2. ナルコレプシータイプ2
      3. 特発性過眠症
      4. クライネ–レビン症候群
      5. 身体疾患による過眠症
      6. 薬物または物質による過眠症
      7. 精神疾患に関連する過眠症
      8. 睡眠不足症候群
    • 孤発症状と正常範囲の異型
      1. 長時間睡眠者
  4. 概日リズム睡眠・覚醒障害群
      1. 睡眠・覚醒相後退障害
      2. 睡眠・覚醒相前進障害
      3. 不規則睡眠・覚醒リズム障害
      4. 非24時間睡眠・覚醒リズム障害
      5. 交代勤務障害
      6. 時差障害
      7. 特定不能な概日リズム睡眠・覚醒障害
  5. 睡眠時随伴症群
    • A. ノンレム睡眠関連睡眠時随伴症群
      1. (ノンレム睡眠からの)覚醒障害
        • ① 錯乱性覚醒
        • ② 睡眠時遊行症
        • ③ 睡眠時驚愕症
      2. 睡眠関連摂食障害
    • B. レム睡眠関連睡眠時随伴症群
      1. レム睡眠行動障害
      2. 反復性孤発性睡眠麻痺
      3. 悪夢障害
    • C. その他の睡眠時随伴症群
      1. 頭内爆発音症候群
      2. 睡眠関連幻覚
      3. 睡眠関連泌尿器機能障害
      4. 身体疾患による睡眠時随伴症
      5. 薬物または物質による睡眠時随伴症
      6. 睡眠時随伴症,詳細不明
    • 孤発症状と正常範囲の異型
      1. 寝言
  6. 睡眠関連運動障害群
      1. レストレスレッグス症候群
      2. 周期性四肢運動障害
      3. 夜間筋こむらがえり
      4. 睡眠関連歯ぎしり
      5. 睡眠関連律動性運動障害
      6. 乳幼児期の良性睡眠時ミオクローヌス
      7. 入眠時固有脊髄ミオクローヌス
      8. 身体疾患による睡眠関連運動障害
      9. 薬物または物質による睡眠関連運動障害
      10. 睡眠関連運動障害,詳細不明
    • 孤発症状と正常範囲の異型
      1. 過度断片的ミオクローヌス
      2. 入眠時足部振戦および睡眠時交替性下肢筋賦活
      3. 睡眠時ひきつけ(睡眠時びくつき)
  7. その他の睡眠障害
    • 付録A 身体疾患および神経疾患に関連する睡眠障害
      1. 致死性家族性不眠症
      2. 睡眠関連てんかん
      3. 睡眠関連頭痛
      4. 睡眠関連喉頭痙攣
      5. 睡眠関連胃食道逆流
      6. 睡眠関連心筋虚血
    • 付録B 国際疾病分類のコーディング

ライフサイエンス株式会社の「睡眠障害国際分類第3版改訂版」紹介ページより


たくさんありましたねー。

この中で不眠障害群は、6つある診断群の1つでしかありません。不眠が訴えとして目立ちやすいレストレスレッグス症候群や睡眠・覚醒相後退障害を含めても、まだまだ全体のごく一部です。

というわけで、「睡眠障害=不眠」ではないと覚えておいていただければ有難いです。

睡眠医学とは

一方、睡眠医学 (sleep medicine)という用語については、睡眠医学を扱う最も大きな団体と言える米国睡眠医学会 (American Academy of Sleep Medicine, AASM) サイトの学生向けページに、定義が置いてありました。

Sleep medicine is a medical subspecialty devoted to the diagnosis and therapy of sleep disorders.

睡眠医学は、睡眠障害の診断と治療に特化した医学の専門分野です(筆者訳)

これ以外にも、正常な睡眠の研究も睡眠医学の範疇に含まれるのでは? と私は思うのですが、まあネット上の他の場所を探してもだいたい上記と同じような定義が出てくるので、これがコンセンサスということなのでしょう。

ここが気になる睡眠医学

最後に、架空の煽っている質問をいくつか置き、それに対する回答という形で、私から見た睡眠医学の意義と面白さをお伝えしたいと思います。

睡眠なんて、精神科が扱えば良いのでは? 

確かに、睡眠医学の分野にいる先生は、精神科医としての修練も積んでいる方が大変多いです。特に不眠症診療に関しては、精神疾患が原因となるケースも少なくないだけに、精神科医かつ睡眠専門医というスキル構築が最強だろうなという羨望の目を私は向けています。

さらに過眠症やリズム障害の患者さんだと、神経発達症(いわゆる発達障害)を併発している方が珍しくないので、自分でそちらの診断やマネジメントまでできたら患者さんの利益が最大化しそうでいいなーと思います。

ただまあ、精神科だけでは睡眠医学の全領域はカバーしきれないんですよね。

大きいのが睡眠時無呼吸症候群。不眠症と並んで有病率が高い上に健康アウトカムへの悪影響が大きい、睡眠障害診療の柱と言って過言ではない領域で、呼吸器内科、耳鼻咽喉科、循環器内科、脳神経内科、小児科、歯科口腔外科などなど絡んでくる学際分野です。複数領域の境目で、まるでプレート境界にある火山のように日々新しい発見がぽこぽこ生じています。
ただしそこに、精神科は基本的には絡んできません。

大陸プレート境界の図

じゃあ睡眠時無呼吸症候群の診療だけ独立させればよいという問題でもなくて、睡眠時無呼吸症候群って他のだいたいの睡眠障害に悪影響を及ぼし得る疾患なんですよね。他の問題がメインという人であっても、睡眠時無呼吸症候群も必ず念頭に入れて評価し、必要に応じて睡眠時無呼吸症候群も治療する、これ重要。

また他の例として、ナルコレプシーがあります。かつては精神科で扱われていた疾患ですが、いまわかっている病態からは脳神経内科領域の疾患と言えます。神経伝達物質であるオレキシンが欠乏しているないしは働かない病気であるためです。

睡眠の病気なぞ、命にかかわるものではない

確かに、ICSD-3-TRに掲載されている睡眠障害で、これ自体が原因で死に至るものってほぼないですね。一般の方からは誤解されがちですが、睡眠時無呼吸症候群だって、睡眠中に呼吸が止まってそのまま亡くなるということは通常起きません。

睡眠専門医として直接命を救う立場にはないことに引け目を感じることは、正直あります。私よりは、救命最前線の仕事を担っているドクターたちの給与や待遇がよくあって欲しいとも願っています。

でもね。睡眠障害診療の専門医がいることには、ちゃんと医療上の意味があると私は解釈しています。

  • 睡眠の問題は、循環器疾患リスクや死亡率の上昇と結びついている。
  • 睡眠の問題は、たとえ命は脅かさなくても、学校生活や仕事を著しく困難にすることがある。端的に言えば、睡眠障害の治療は生活の質を上げる!
  • 睡眠専門医が睡眠障害を診れば、他科の医師がその分本来の仕事に専念できる!

睡眠外来って、結局CPAPを処方しているだけでは?

場所によります。

まず前提として、CPAPで睡眠時無呼吸症候群(SAS)治療をしている患者さんが外来のほとんどを占める医療機関が存在することは、決して悪いことではありません。SASの有病率は高く、従って睡眠障害全体の中でSASの患者さんの人数はとても多いです。むしろ、SASに対するCPAP治療をたくさん引き受けてくれる医療機関がなければ、後述するような睡眠障害全般を診る医療機関がSAS患者さんに圧迫されてキャパオーバーになってしまうまである。

しかも、SASによる社会全体の健康へのインパクトは絶大です。SASによる眠気は社会全体の安全に影響を及ぼしますし、重症SASを放置すると循環器疾患など様々な病気のリスクが上がるのはよく言われている通りです。CPAPたくさん処方する医療機関は、安定した社会を保ちつつ、ひとりひとりが健康に長生きできるサポートとしてとても重要な役割を担っているのです

かめさん
かめさん

ただですね、睡眠障害全般を診るなら、それだけじゃないよ!

SASにとどまらず睡眠障害全般を診る場合、当たり前の話、上に書いたICSD-3-TRのリストに載っている睡眠障害が全部守備範囲に入ります。要するに、来る人のキャラも診断の付けかたも治療法も、そこそこ多種多様です。
医療機関の性質や、診る医師のバックグラウンドによって得手不得手はありますが。

ナルコレプシーや特発性過眠症、睡眠・覚醒相後退障害、レストレスレッグス症候群、レム睡眠行動障害あたりが私の場合、遭遇率が比較的高いです。

睡眠の何が面白いのかわからない

これに関しては、それぞれの分野に、携わる人にとっての魅力というものがあると思います。

例えば私は消化器にほとんど興味がないのですが、研修医の頃、消化器内科医を志していた同期が「食べ物を消化しエネルギーに変える消化器というシステムは大変興味深い」という意味のことを熱く語っていたことは「なるほど」と印象に残っています。だからと言って私にとって腹痛の鑑別診断が楽しくなるわけでもなかったですが。

同じように睡眠医学にも、「人に共感してもらえないかもしれないけれどもここが好きだよというポイント」が私にとって存在します。

それは、「睡眠は生活の一部である」というところです。

子どもの頃から、昔の人や外国の人が、どんな家に住んでどんな家具を使い、何を着て何を食べて…という情報を知ることが好きでした。文化ともいうべきものです。睡眠は、この「文化」と深く結びついています。同じ時代の同じ地域に住む人であっても、睡眠をとる時間や環境、考え方について聞くと、ひとりひとりまったく違います。そこから、その人の仕事や家庭の状況まで浮かび上がって見えてくることも。その違いをわたしは「面白いなあ」と思います
時には問題を解決するために、その人の睡眠を変えてもらうようお節介しなければならない仕事ですが…

それに、睡眠は縁の下の力持ちです。睡眠をおろそかにしてもただちに命にかかわることは少ないですが、慢性的な睡眠不足や睡眠障害があると、幸福度が落ちます。すなわち睡眠の医者は、睡眠障害を治療することによって、せっかくの人生を少しでもハッピーに生きられるお手伝いをしているのです

これまで見聞きしてきた感じでは、他の専門家の先生方にとってはまた人それぞれの睡眠医学に魅力された理由があるようです。色々と興味深い側面があるところもまた、睡眠医学の良いところです。

まとめ

  • 不眠や日中の過眠、睡眠中や覚醒直後の異常な行動など、睡眠に関連した症状を示すさまざまな病気のことを睡眠障害と言います。
  • 睡眠医学とは、睡眠障害の診断と治療に特化した医学の専門分野であり、既存の科ひとつではカバーしきれない学際分野です。
  • 睡眠医学で扱っている病気で直接命にかかわることは稀ですが、命にかかわる病気の発症や、人々の幸福には大きくかかわっています。

参考文献

  1. 日本睡眠学会, 監訳. 睡眠障害国際分類 第3版 改訂版 (ICSD-3-TR). 東京: 一般社団法人日本睡眠学会; 2025

おまけ:睡眠医学の始祖と言えるデメント先生の本。出版年は古いですが、睡眠医学の面白さが詰まっている名著です。

ヒトはなぜ人生の3分の1も眠るのか?: 脳と体がよみがえる!睡眠学のABC

ウィリアム C.デメント (著), 藤井 留美 (翻訳)

やさしい睡眠医学はAmazonアソシエイトおよび楽天アフィリエイトに参加しています