「やさしい睡眠医学」管理人である木花(もっか)と申します。
ここでは、どうして睡眠の医者になったのかについて書いています。
このブログについての考えを書いている記事「このブログについて」と併せてご覧いただければ幸いです。
目次
睡眠の医者になるまで
もともと中学から大学まで、授業中や学校行事の際に居眠りをしている常連でした。
今にして思えば平日に1日6時間程度の睡眠時間しか確保していなかったことからくる慢性的な睡眠不足が主な原因でしたが、当時はそのことがわかりませんでした。睡眠時間を確保するために早く寝なければという認識もなく、眠気を覚ますためにカフェインを乱用するなど間違った対処をしていたものです。
起きていなければとわかっているのに眠気に抗いきれず寝てしまうというのは、眠る本人としてもいたたまれないものです。眠いことそのものの不快感や、眠りたくて寝ているわけではないのに周囲から色々言われることについてのネガティブな感情が、ついて回っている学生時代でした。
ところで私はもともと臨床医以外の道に関心があって、特に、社会医学の分野に魅力を感じていました。「病気になったとしても病院に行くのは嫌なことだ」と言う高校時代の友人たちを見て、「だったら病気にならないよう予防をすれば良いのだ」と素朴な発想で思い至ったというのもありますし、社会と医学の接点という分野の特徴に惹かれたというのもあります。
そのため、学生時代の研究室演習で自分の行く研究室を選ぶことになった時、社会医学系の研究室ばかりいくつか戸を叩き、とある研究室のボスであった教授の温厚にして自信に満ちた口ぶりに惹かれてメンバーとなりました。当時その教室で講師をされていた先生が、睡眠時無呼吸症候群の疫学を研究されていました。その先生からレクチャーを受けたり、 その先生が招いた専門家による授業を受けたりして、私は睡眠医学という分野があることを知りました。
身近な現象である睡眠に関して思ってもみなかった奥深い科学が広がっていること、睡眠にも実は様々な病気があるのにそのことがあまり知られていないこと、睡眠を改善させれば生活が改善すること――垣間見た世界に私は魅了され、もっと知りたいと思うようになりました。
医学部6年生の時に、海外実習の制度を使ってハーバード大関連の睡眠専門医療機関で1か月見学して色々と学び、睡眠がいっそう面白く感じられるようになりました。
ちなみに、睡眠について勉強した結果として、何年間も私を悩ませていた眠気もかなり改善しました。医師国家試験を受ける直前の時期がそれほど忙しくなかったため、毎日8時間半ほど眠るようにしたら、ほとんど眠気を感じなくなったのです。
卒業の時点でこれといった希望もなかったので多数派のレールに乗り、まずは内科系の初期研修となりました。睡眠時間を確保すればそれほど眠くないという発見はすでにしていたわけですが、就職すると毎日そこまで眠ることなどできない上に当直などの強制的に寝不足となるイベントも発生するので結局居眠りは続きました。ただし、研修医になると、周りの同期や先輩たちもみな睡眠不足でよくうとうとしていたので、その中では私の眠気は相対的に目立たなくはなりました。
とは言え慢性的に睡眠不足である状況は単に眠くなる以上にきつく、慢性的な疲労感や気分の落ち込みも伴うものでした。
3年目からは母校の総合診療科に所属するようになりました。良い仲間や上司に恵まれ充実した日々ではあったものの、「この仕事を私は一生続けられるのだろうか?」という疑問が、常にどこかにありました。どうしても睡眠時間を削らざるを得ない日々が心身ともにつら過ぎたこと、自分の特性的に秒単位での決断を迫られる場面が苦手だったこと、特にその決断で人の生死が左右されかねない時のストレスが大きかったこと…。要するに、急性期医療の現場で華麗に活躍することには向いていませんでした。
疲れていたことが影響した思考だったとは思いますが、当時の私は、「人はみないずれ必ず死ぬのだから、医療現場でいくら救ってもどうせいつかは『負けて』しまうのに」という無力感にとらわれていました。その考えを、実際に働く時の診療内容や人への態度に反映させないようにはしていたものの、急性期医療の現場で働く者としてよろしくない考えだとわかってはいました。迷いなく「どんな人でも全力で救う!」と頑張れるドクターを格好良いと心底思いつつも、そうはなれない自分を引け目に感じていました。
そんな私でも、仕事に関して前向きになれる考え方がありました。それは、「若い人や働き盛りの人が、元気でいる助けになりたい」というものでした。
もともと持っていた予防医学志向の影響も大きいですが、さらにその考えを強化するきっかけとなったのが、研修医の時期に糖尿病内科で担当した入院患者さんです。2型糖尿病が突然発覚して詳しい検査と教育のため入院してこられた中年の方でした。その方は順調な経過で退院となり、数週間後、外来の受診ついでに病棟まで顔を見せに来てくれました。その時の元気そうな様子と入院していた頃より少しシュッとした体形が印象に残っており、この方に良いことができたのかもしれないと思ったものです。
その経験を経て「じゃあ糖尿病内科医になろう」とはならず睡眠医学の道を選んだことが、こうして書いているとなんだかおかしいですね。自分の性分でいつも所属集団の王道から外れた道を選んでしまうので、その気質が存分に発揮された結果なのかもしれません。あるいは、睡眠医学という分野をすでに知っていたからかもしれません。
卒後4年目の頃、いずれ睡眠医学の道に進む日がくればというくらいの気分で日本睡眠学会に入ろうと思い立ちました。入会のために正会員からの推薦が必要だったので、睡眠医学のことを最初に私に教えてくれた先生へ頼むこととしました。その頃は数百キロメートル遠方の大学で教授となっていた先生に、推薦をしてほしいとメールを書きました。
すると返って来たのが、次年度からその先生のもとで大学院生として公衆衛生を学ぶのはどうか、睡眠医学の臨床についても、ちょうどそこの大学病院に立派な先生を招いて睡眠外来を始めているのでそこで学べばいい、という誘いでした。日々の業務に疲れ将来もこのままの仕事を続けたいのか確信を持てなくなっていた私にとって、それは願ってもない機会でした。以前から学びたいと思っていた社会医学も睡眠の臨床も両方学べるというのですから。かくてほとんど悩むことすらなく決めて、翌年度から遠い地へと引っ越したのです。
今にして思えば、研究者としてのベストなキャリアを追及するならばどこの大学院で学ぶかもっと吟味することが望ましかったし、臨床医としての幅を広げるならば総合診療科の専門医資格くらい取ってから睡眠へ移った方が良かったとわかります。とは言え、睡眠系の社会医学を大学院で学びながら同時に睡眠医学全般に特化した臨床を学べる環境は少なくともあの頃の国内には他になかったように思いますし、急性期医療を続けるには4年目の段階で朝に体が動かなくて時々遅刻してしまう程度にはメンタルがまずくなっていました。それに、交際相手が大学院を出たばかりでまだ就職していないタイミングだったので結婚して一緒に遠方へと引っ越すにはちょうどいいタイミングでした。つまりは、結局この道が私にとっての必然だったのでしょう。
その後、長男の出産を挟みつつ大学院を出ました。その後は睡眠専門医療機関に勤め患者さんを診療し、次男を出産し、外来に邁進し色々と資格もとりました。やがて大学院を出て10年経ってから睡眠専門医療機関を退職し、今に至ります。
最近は、非常勤としてあちこちで外来をしたり、疫学研究のスタッフとして論文を書いたり、嘱託産業医として企業を訪問したりする日々です。まだまだ子どもたちに手がかかりますし、今のような生活をあと何年かは続けようかなあというところです。
